日本列島は水に恵まれた土地だ。四方を海に囲まれ山地が多いから年間通して雨や雪の降水が豊富にあり、気候が温暖だから森林が発達する。どこもかしこも緑に覆われているといっていい。その森と森が生んだ土は、フィルターとして水を濾過するだけでなく、巨大なスポンジとなって雨を溜め込み、川や伏流水として澄んだ水を流し続ける。伏流水はあちこちで湧き水となって、人々の喉を潤す。
日本酒はまずもって水が味を決める。酒蔵はそれぞれ美味しい水を探し求め、これぞという水を決めて、その土地で酒を造る。土地土地の水に寄り添い、思い思いに醸される土地の酒。それが地酒だ。それは美味しい水のあるところに、異なる個性の酒が点在しているということを意味する。その個性が今いかに多彩で興味深い状況になっているかということについては後に回し、ここでは日本酒の基本的なことに触れよう。
ワインの葡萄と違って輸送ができる米については、必ずしも地元産である必要はないが、酒の酸味や甘みを大きく左右する部分だけに、優れた酒蔵は米にこだわる。酒蔵好適米と呼ばれる酒造り専用の山田錦、五百万石などがよく知られている。一粒一粒の米の扱いも繊細で、米の周りを削り、雑味の元となる蛋白質などを落としていくことを「米を磨く」と表現する。酒専用の精米機を使い、米を割らないように時間をかけて磨いていく。
なぜ米がお酒になるのか。
ワインとの違いでいえば、ワインは葡萄自身が持っている糖を酵母がアルコール分解するが、お米はまず米のでんぷんを麹菌が糖に変え、それを酵母がアルコールに分解するという二重の発酵になる。この工程に人の手が大いに関わってくる。
酒造りの中心になる人物を杜氏という。酒造のエキスパートであり職人、製造責任者である。杜氏は、経営者にあたる蔵元の考える酒のビジョンに従って、酒造りの工程のすべてを管理するのが役割だ。酒造りに関わる蔵人とチームを組み、酒造りを進める。
かつては越後杜氏や南部杜氏などの杜氏集団というのが全国にあった。杜氏や蔵人は普段は農業を営み、酒を仕込む季節になると杜氏は蔵人を組織して、蔵人とともに酒蔵に半年間泊まり込み、酒造りに集中した。現在、杜氏集団は減り、社員杜氏や、蔵元自身が杜氏を兼ねたりすることも多くなり、それがユニークな新しい酒を生み出してもいる。いずれにしても、杜氏の匙加減一つで水と米は多彩な展開をとっていく。
さて、日本酒は嗜好品だから、くどくど説明するよりは、飲み比べてみるのがいちばんだ。
酒を酒だけで淡々と味わうのもいいが、日本料理と日本酒の組み合わせの妙、その場の満ち足りた気分こそが酒というものの魅力。酒を飲みながら食事を進めていき、体に摂取されたアルコール、料理の味付け、お酒の旨味がある絶妙なバランスをとった時、一口の日本酒が至極のマリアージュをもたらす。そんな日本酒の醍醐味を知ったらもう離れられない。