日本古来の食文化の一角を担い、長い歴史の中で緩やかに進化を遂げてきた日本酒。しかしながら近年、醸造技術の進歩や嗜好の変化などを受けて、新しいタイプの酒が次々に登場してきている。同時に酒質のバラエティーは大きく広がり、私たち酒を楽しむ側に対して、奥の深い飲み比べの楽しみを提供しているのだ。
特にこの10〜20年間の日本酒の進化は目覚しいものがあり、その要因として語られているのが、新しく登場するさまざまな酵母である。酵母はアルコール発酵を行う上で欠かせない微生物だが、香気成分を生み出すところに注目し、最新のバイオテクノジーの技術を駆使しながら、より香り高い酒を造ることを目的に酵母の開発が盛んに進められている。また香りだけでなく発酵中に赤い色を出すユニークな酵母も登場し、酒質の幅は確実に広がってきている。今までの日本酒には “色の違い” という概念はなかったが、この酵母を用いることでロゼワインのような色の酒や、チャーミングなピンク色のにごり酒を造ることが可能になった。
新しい原料という点では、酒造用米の新品種も盛んに開発されている。今まで酒造りに向く米といえば、酒米の王様といわれる「山田錦」が絶対的な存在で、この米に勝るものはないといわれるほどあった。ところが「山田錦」の価格が高いことや、全国的に普及した結果、地域や酒蔵の特徴が出しづらくなったことを受けて、独自の酒米品種を生み出そうという気運が各地で高まっている。今や特定の酒蔵だけで使用される品種などを含めると、酒造専用に用いられる米はおそらく100種類以上に及ぶとみられる。新しい品種が増えてきている一方で、100年以上も前にその土地で作付けされ今では栽培されなくなった米品種を、復活させて酒造りに挑む例も各地で見受けられる。これらの取り組みの意図するところは、話題づくりや歴史をさかのぼるロマンもさることながら、土地に根ざした本物の地酒を探る動きもあると考えられる。
そしてこれら原料の違いを取り入れながら、新しいブランド、あるいは新しいコンセプトで酒造りに取り組む若い造り手たちが台頭してきていることも、現在の日本酒の大きな話題になっている。製法、原料となる米や酵母、造り手等々、さまざまな新旧の要素が交じり合いながら、今日の日本酒は多種多様なバラエティーを展開しているのである。ワインでもない、“ホット・サケ” として確立した従来のイメージともまったく違う、多様な香りと味(一部に色も)のバラエティーを備えた酒として、今日本酒は国内だけでなく、新しい感覚の食中酒として、海外でも高く評価されているのである。